静岡県は東西で大きく産業と文化が異なり、そのため在住する移民の出身国・在留資格・年数が異なる。今回はヤマハやスズキといった製造業の地域である浜松市を訪れ、その歴史や特徴を学んだ。
訪問先1 株式会社浜連
浜連はインドネシアの技能実習の送出し機関でかつ特定技能登録支援機関でもあり、浜松ではインドネシア労働者の人材育成とサポートを行っている。日本で働く外国人が増えており、彼女・彼らがどのようにして希望し、選抜され、育成されて、日本に来て働いているのか、日本にいる私たちはあまり知る機会がない。店員や工場で働く人、休日に街に出ている人と会い、すれ違うだけで、普段あまり気にすることが少ない人々の背景を知り、ひとりひとりの人として認識できるようになればと思う。
学生の視点から
浜連での体力訓練が日本の四季へ対応できるようにという意図が込められていることを聞き、季節感の違いが大きな身体的負担になることを知った。浜連での日本語学習は生きた日本語や仕事でよく使う日本語であるとおっしゃっていたが、生活に特化した日本語や日常会話的な日本語表現がどこまで知っているか・知らない可能性があることを知っておく必要があると思った。仕事上はスムーズに会話できても、仕事の時間を少し離れてくだけた会話ができなければコミュニティとの繋がりが薄れてしまうかもしれないし、ライフステージが進み仕事以外に他者と関わる機会(例えば保育園や学校など)があったときに円滑な会話ができないのではないかと考えた。
浜連への入学試験の合格率が24%と比較的厳しい基準での合格であったり、その後の体力訓練や精神教育などもはたからみたら厳しそうなものである印象をもったりしたが、それくらいしないと日本で円滑に生活ができないと思うと、日本における外国人への偏見がそこに現れているのかなと考えた。入学試験時に見る人格の点で「頭が良くても素直にいわれたことに従えないのはだめ」だとおっしゃっていて、素直にいわれたことに従うということが日本人の気質なのではないかと思った。こうした送り出し機関での教育は日本人の特徴や考え方が反映させられているとすごく実感した。

訪問先2 浜松国際交流協会
職員の鈴木氏と岡田氏より浜松国際交流協会の歴史、浜松市の外国人住民の特徴、主な活動についてうかがった。岡田氏は日系2世であり、長く浜松で暮らしている。1990年の日本の入管法改正だけでなくブラジルの政府政策によって「出稼ぎ」に出ざるをえなかった背景も話していただき、移民が国家の政策に翻弄される側面も知ることができた。
学生の視点から
HICEの取り組みの話の中では、浜松が”当事者”を大事にする地域であることが強く記憶に残っている。日系ブラジル人をはじめとした多くの外国人労働者を単なる労働者としてだけではなく、生活者として受け止めることは多文化社会を追求する上で必要な前提部分ではあるが、全ての地域で必ずしも一般的ではない。日本人がただ提供する一方向の支援ではなく、外国人もその支援に参加し、ただただ支援の対象としてではなく、地域社会の一員として扱う姿勢が、浜松の特徴としてよく表れていると感じた。
また、いずれブラジルに帰ると考えて日本に来たブラジル人が結局日本に定住、あるいはブラジルに戻ってもしばらくしてまた日本に帰ってくる人がいる話も強く印象に残っている。長く日本で暮らすうちにブラジル側の拠点が弱まったり、ブラジルに行っても経済的・文化的なギャップや治安の不安定さなどの理由から日本に戻ってくることがあるが、双方の関係性を維持することの困難も同時に感じられた。
HICEの説明では、多言語による相談の部分が印象的だった。日本に住む外国人はやはり言語の壁で悩む人が多いだろう。HICEでは多言語生活相談において、全員、外国ルーツ当事者の相談員を配置したり、窓口や電話、メールやSNSなどの様々な手段で相談に対応したりしている。ここまでの相談のしやすさは、浜松に住む外国人の大きな安心材料になるだろうと感じた。浜松にはブラジル人が多く住むため、メンタルヘルスの相談では、ブラジル人心理専門家が2名常駐しているのが特徴的であった。
日系ブラジル人の方のお話では、日本とブラジルとのギャップについて関心を持った。日本での暮らしに慣れてしまうと、ブラジルに帰ったときの治安の悪さに悩むという。ブラジルに帰りたくても、治安の差のせいで子どもをこの危険な状態にさらすわけにはいけないと感じたり、そもそもブラジルに帰りたくないと思ったりするという実情があるのだと知った。少なくとも浜松(日本)で暮らすことを安心と考えてくださっているのは、やはりHICEの様々な取り組みのおかげなのではないかと考えた。
また、避難訓練のお話も印象に残っている。大事な連絡をするアナウンスにおいて、日本語や英語ではなく、やさしい日本語が鍵となる。浜松市多文化共生センターの来館者には外国の方もいる。外国の方には「避難してください」よりも「逃げてください」のほうが伝わりやすい。いかに正確に分かりやすく伝えるかを考えたときに、やさしい日本語が適切な手段となり、改めてやさしい日本語の重要性を感じた。

訪問先3 「若者のためのグローバル人材セミナー」
「国際協力」をキーワードにグループに分かれてアイデアを出し、クイズに答えたりと、頭を柔軟にして考える「国際協力」のワークショップに参加した。その中で、現在起業をしているマキノハラボの代表取締役である浅野拳史さんの海外青年協力隊での経験をうかがい、挑戦してみる、人とつながる大切さがどこに行っても重要だと学べた。
学生の視点から
ワークショップの前半では国際協力とは何かという話があり、後半ではJICAの制度を利用した方から、ルワンダで得た経験についてお話を伺った。前半では国際協力や多文化共生について学んだ。アイスブレイクやカードを用いて行う体験型のワークショップであり、とても楽しく学んだ。カードを使う場面では、マイノリティ・マジョリティでそれぞれ違うお題があり、マイノリティ・マジョリティである時に抱く感情について体験することができた。
後半ではJICAの制度でルワンダに渡った経験についてお話を伺った。一番印象的だった言葉は「死ななきゃいい」というものだ。海外では上手くいかないことや気持ちが後ろ向きになることもある。けれど、不安なことばかりを考えていては前に進めない。だからこそ「死ななきゃいい」は自身の心に課しているハードルを和らげてくれる言葉であり、辛くても生きていれば大丈夫だという気持ちが湧いてくるようで、一番心に残った。また日本に帰国してからも様々な活動を行っており、そうした自身の前向きな心持ちや手探りでもよいから自分にできることを探すという姿勢が多様な経験を得て、事業で活かすことにつながっているのだと感じた。
ワークショップでは、グループ内で「国際協力とは何か」というテーマについてブレインストーミングを行い、自分の考えを出すだけでなく、他の参加者の意見を聞きながら考えを深めることができた。国際協力というと、海外に行って現地の人々を支援することをイメージしていたが、さまざまな意見を聞く中で、国際協力には多様な形があり、一方的に「支援する側」と「支援される側」に分かれるものではないと感じた。また、JICAの活動でアフリカに派遣された方のお話から、実際の国際協力の現場では、自分が持っている知識や技術を一方的に伝えるのではなく、現地の人々の文化や価値観、生活背景を理解し、相手と対話しながら活動することが重要だと学んだ。ワークショップを通して、他者の意見を聞くことで自分では気づかなかった視点を得られることを実感した。国際理解においても、最初から答えを決めつけるのではなく、さまざまな立場の人と対話しながら考えていく姿勢が大切だと感じた。



