研究テーマ

オーストラリア先住民の社会文化・生活世界の動態に関する文化人類学的研究

川崎 和也

国際地域共生学コース

専門分野:文化人類学、オーストラリア先住民研究

キーワード
先住民文化伝統社会変化国民国家ローカル/グローバル

研究の概要

私の専門は文化人類学です。文化人類学は、人間の社会や文化のあり方を研究することで、「人間とはなにか?」を考える学問です。とくに文化人類学は、自分とは異なる社会や文化の研究(異文化研究)を通じて、人間理解に迫ることを特徴のひとつとしています。私は、オーストラリアを異文化研究のフィールドとして研究を行っています。
オーストラリアには、アボリジニと呼ばれる先住民の人々が暮らしています。彼らは20世紀の初め頃まで狩猟採集を生業とする生活を営んでいました。また神話をはじめとする豊かな精神世界、複雑な社会組織など、固有の社会や文化を発展させてきました。私は、2007年以来、オーストラリア北部にあるアボリジニの村で調査を続けています。私の調査の基本スタイルは、参与観察によるフィールドワークです。私は、あるアボリジニ家族の「息子」として迎え入れられ、彼らと生活をともにしながら、アボリジニ社会や文化、生活世界の動態についての調査研究を行っています。

具体的な研究について

アボリジニの社会関係とその変化に関する研究

私の研究は、アボリジニの社会関係とその変化を明らかにすることからスタートしました。とくに私は、彼らの日常の生活実践の調査を通して、このテーマに取り組みました。アボリジニの社会生活は、家族や親族とのつながりを中心に営まれています。しかし村への定住化、学校教育の普及、現金経済の浸透など、彼らの生活環境は劇的に変化しました。こうした変化の中で、アボリジニの人たちは、家に住むこと、食事や買い物、贈与や交換など、毎日の暮らしの中で、どのような人たちと、どのような関わりを持っているのかを観察したり、彼らの声に耳を傾けたりしながら、日常の生活実践の様子を明らかにし、アボリジニの社会関係のあり方とその変化に迫りました。

アボリジニの美術工芸品に関する研究

次に取り組んだのが、アボリジニの美術工芸品をテーマとする研究です。アボリジニの人たちがつくる絵画や彫刻は「アボリジナル・アート」と呼ばれ、美術市場で「芸術作品」として評価され、売買されています。また美術工芸品の制作活動は、アボリジニの社会経済生活の発展に寄与する産業としても期待され、国をあげての支援がなされてきました。こうしたことを踏まえて、私は、経済活動としての美術工芸品づくりの意味について、とくにアボリジニの家計(家庭経済)に与える影響に注視して研究を行いました。さらに、アボリジニの美術工芸品が「芸術作品」として美術市場をどのように流通しているのかについても関心を持ち、調査地にあるアートセンターで働くアートアドバイザーと呼ばれる美術スタッフの仕事について調査をするとともに、調査地のアボリジニの人たちが制作した作品を追いかけて、シドニーやキャンベラなどにある美術館や博物館にも出かけて調査を行ったりしました。

学びの魅力について

異文化理解から自文化理解へ

私の専門である文化人類学の学びの魅力は、異文化世界でのフィールドワークにあります。アボリジニの人たちと狩猟採集に出かけたり、儀礼に参加したりした経験は、私にとってとても新鮮で刺激的なものでした。一方で、生活習慣の違いなどによる戸惑いを感じたことも多々ありました。この経験はとても大事なことで、この戸惑いこそが異文化を理解したいという原動力になっていると思います。さらに「なぜ、自分は戸惑いを感じたのか?」という疑問を持つことも大事です。この疑問に答えることは、自分の社会や文化、生き方を問い直すことにもつながります。異文化を理解することは、自文化を理解することでもあるのです。異文化理解と自文化理解の往復を繰り返しながら、人間の社会や文化の多様性や普遍性について考える。これもまた文化人類学の学びの魅力のひとつだと思います。

「共創」としてのフィールドワーク

私は、フィールドワークは共創的な実践であると考えています。フィールドワークは自分1人だけで行うことはできません。私の場合、調査地のアボリジニの人たちの理解や協力があって、今日までフィールドワークを行うことができました。もちろん、ここに至るまでには、さまざまな困難があったことも事実です。しかし、そうした困難をアボリジニの人たちと乗り越えて、彼らと協力しながら取り組むフィールドワークは、とてもやりがいのあるものです。こうした地道な作業の積み重ねの結果として、いままで分からなかったことが、分かったときの感動と達成感は、いまでも私の心に鮮明に残っています。

今後の展望


アボリジニの人たちは、孤立した社会で生活しているわけではありません。彼らの社会や文化、生活は、国内社会や国際社会からの影響を受け続けていますし、彼らもまたそれらにさまざまな影響を及ぼしています。こうしたなかで、私がいま関心を寄せるのが「観光」です。観光は、人・もの・情報などが国や地域を越えて移動し、出会う現象でもあります。
オーストラリアでは、2000年代に入ると、アボリジニの文化伝統、あるいは彼らの存在そのものが「オーストラリアらしさ」を象徴する重要な観光資源として認知され、アボリジニ観光への支援が強化されました。私の調査地でもアボリジニ観光ツアーが企画され、国内外から多くの観光客が調査地を訪れています。
地域とグローバルとが複雑に交差する現代社会を生きるアボリジニの人たちの姿を、観光という現象に着目して、彼らの具体的な生活実践に寄り添いながら明らかにすること、そして、そこからさらに同じ世界、同じ時代を生きる存在として、彼らをどのように理解することができるのかを考えてゆくことが、これからの私の研究テーマです。

受験生へのメッセージ

私の初めての海外は、20歳の時に旅行で訪れた太平洋の島国・パラオでした。日本との生活習慣の違いに戸惑いを感じながらも、日本とは異なる社会や文化に魅了され、私の世界は広がりました。以来、学生時代の私は、アルバイトをしてお金が貯まると、友人と一緒に、ときには1人で、ヨーロッパやアジアの国々を旅しました。皆さんも、チャンスがあれば、日本を飛び出して、異文化世界に身を投じ、見識を深めていただきたいです。
一方で、異文化世界は、海外の国や地域だけに存在するものではありません。異文化世界は、私たちの身近なところにも存在しています。例えば、日本で生活をする外国の人たちの暮らしは、私にとって異文化世界です。さらに、見方を変えてみると、例えば、高校生や高齢者の人たちが生きている世界なども、私にしてみれば、異文化世界です。海外とともに、こうした私たちの身近にある異文化世界にも目を向けながら、人間の社会や文化の多様性や普遍性、私たちが生きている社会や世界のあり方、そして自分自身の生き方などについて考える力をぜひ身につけてください。

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