恐ろしい→リスクが高い?
私の研究テーマはこんな感じです
物事のリスクを直感的に評価(リスク認知)するとき,「その物事やそれによって生じる事態が恐ろしいからリスクが高い」と判断することはありますか。本来,そうした感情的な反応は,リスク評価—ダメージの重大性や発生確率の評価—の材料として有用でないように見えます。にもかかわらず,人は感情を手がかりにリスク評価する傾向があるとされています。…しかし,これは本当でしょうか?反対に,リスクが高いから恐ろしいと感じることだってありそうです。更には,どんな物事でも同じ関係があるかも定かではありません。私はこうしたリスク認知にある手がかりが使われるのはどんな場合/物事かに興味があります。
こんなこと知りたい、話し合いたい、教えてほしい!
物事のリスクを考えることが日常的にどれくらいあり,それはどんな時にどういうふうに考えるか知りたいです。そもそもリスクなんて考えないということもありそうです。
これが私の得意技です! このことなら私に聞いて~
リスク認知について基礎・応用の両面から研究しています。
“恐ろしい→リスクが高い?” に対して2件のコメントがあります。
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スポーツイベントなどの安全管理に関わるなかで、熱中症や頭部外傷などは、今でこそ重大な事故につながるリスクとして広く認識されるようになってきましたが、以前は「リスクがあることはわかっているけれど、実際に重大な事故が起こることはめったにない」という理由で、十分な対策や予算の確保に結びつかない場面を何度も経験してきました。
一方で、実際に重大な傷病者が発生すると、それまで認識していたはずのリスクに対する捉え方が変わり、対策の必要性が急に理解されることもあります。
このような経験から、リスクについて知識として理解していることと、実際に危険なものとして認識し、行動に移すことの間には、隔たりがあるのではないかと感じています。
また、重大な事故を経験することで、事故の発生確率を以前より高く見積もるようになるのか、それとも被害の重大性をより強く感じるようになるのか、あるいは恐ろしさという感情が判断に影響するのか…というようなことにも興味を持ちました。
実際の経験がリスク認知をどのように変化させるのか、また、それが具体的な安全対策の行動につながるのかという点にも関心をもち、この分野の論文なども読んでみたいと思いながら拝見させていただきました。
重大事故は確かに滅多に起こらないので,その稀な確率を正確に評価し,適切な対策をするの両方を現場で実施するのはかなり難しそうです。そのため,リスクを確率的事象ではなくシナリオ的に変化するものと捉え,高まる要因を検知していくことが現場で必要なリスクマネジメントであるとする立場もあります。
重大事故が稀なのは,経験とリスク認知の関係の研究にも課題を生じさせています。概して言えば,経験があればリスク認知が高まるという結果もあれば,低まるという結果も両方あります。経験の中身によるといえば元も子もないですが,事象自体が稀で個別的なので,自然災害など大規模なもの以外ではなかなか前向きの量的研究がありません。
更にそもそも,リスク認知が高まれば対策行動につながるのかも実は怪しそうという研究もあります。
長々書いて,結局わかっていないことだらけ,ということになってしまいました。