すぐには効果の見えない教育を大学に位置づけるには?

私の研究テーマはこんな感じです
大学の教育は、学生が半年で知識や技術を身につけるものから、卒業時までに資格を取得するもの、また卒業後を見据えて主体性や論理的思考力を身につけるものまでさまざまなスパンで行われています。それらの教育効果は必ずしも即座に可視化されるわけではありません。では学生が身につけた能力を試験結果や資格取得などによって可視化できない場合、どのように教育効果を示せばよいのでしょうか? またそのような教育の担い手(教員や職員だけでなく、企業や各種団体、地域住民など学外の関係者の場合もあります)をどのように評価すればよいのでしょうか? 「すぐには効果の見えない教育」を大学に位置づける方法を考えていきたいと思います。
こんなこと知りたい、話し合いたい、教えてほしい!
「教育の長期的な効果を測る指標」「目に見えないけれど教育する上での大事なポイント」「教育と研究の組み合わせ方」など、普段、考えておられる内容についてお話を聞かせてください!
これが私の得意技です! このことなら私に聞いて~
教育としてのフィールドワークを実施しながら、そのプログラム化やよりよい運用に取り組んできました。
“すぐには効果の見えない教育を大学に位置づけるには?” に対して12件のコメントがあります。
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大学生活では,知識はもちろんのこと,(何が問題なのか,自分が何をするべきなのかを)考える力,判断力,適応力・対応力が着くことが大事かなと思っています。でもその評価は試験とかでは出来ないですね。大学教員が直接評価はしにくいですが,インターンシップなどで外に出てもらい,そこでしっかりとした評価を受けるのも良いのかなと思います。
社会課題の解決も同じです。差別の解消、人権意識の向上…
NPOなどの経験も参考になるのでは?
国の意識を変えるのも必要ですね。
能力を数字にすることは難しいだけに興味がわきます。
私も教育学部で学んできましたが、教育現場で活かせる資質能力がどれほど身についたかはわかりません。
その点でとても興味深い研究だと思いました。
教育→テーマ
大学→企業
同じですね!
教育機関である大学なのだから、効果についての指標は必要とは思う。しかしながらその効果が即時的にはでずに、長期(10年50年100年)で明らかになるものもあると認識する必要もあると思った。
それぞれ大学や学校で、学ぶ内容や目的は違うけれど、周りの人が試験結果や資格取得など目に見えるような結果を出している中で、自分が身につけた能力を可視化できないと、きちんと力を身に着けていたとしても周りの人と比較をして不安になったりすることがあると思ったので興味深いテーマだなと思いました。頑張って下さい。
大学の学びがどうしても生活の改善に即効性があるものばかりではないのに、世の中がそれを求めているので、学ぶ意味を教えるためにも必要な研究ではないかと思います。
幼児教育では、特に目に見えないものの育ちを遊びの中から学んでいます。過程を大切にしているのでその時の心の成長をささえるように心がけています。
普段、授業を受けているときも「この内容何の役に立つんだろう…..?」と考える学生はかなり多いと思います。(特にグローバル共創科学部1年)先生たちは「実社会でこういう風に役立つ」「研究成果がこんな形で世に生まれる」など、いっぱい教えてほしいです。
私も教育学部で評価について学んできましたが、やはり後から意外なところで役に立つこともあるのではないかと思います。